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未来の国からエンジン音
XXXX年 …この時代のジュニアンは大人で、付き合っている彼女と結婚を決めたばかりだった。
「なぜ助けをよばなかったんだ!?」
ジュニアンの怒鳴り声が部屋の中に響く
「それは…」
ポピ太は、その問いに答えようとして、必死に考えたようだったが、
「…」
彼なりの結論にいたったのか、それ以上は答えず、目を伏せた。
★
本当に、ふとした出来事だった。
珍しく、ポピ太とジュニアンの兄弟は、買い物のために街を歩いていた。
「もしかして…ポピ太くん?」
「!」
そう呼ばれて、ポピ太は明らかに顔色を変えた。
「?」
ジュニアンが訝しげに兄を見る。そして、女性に何者か尋ねた。
「私は、ポピ太くんが小学校の時に担任をしていたの。よかった。無事に過ごせていたのね。ということは、彼は弟のジュニアンくんでしょう。こんなに大きくなって…」
彼女は頬に涙を浮かべた。
「…?」
「あれから市の制度もだいぶ改善されてね。お父さんも、更生施設で…」
「あの、先生、ちょっといいですか」
ポピ太はそう言って、
「ジュニアン、ちょっと俺にとって恩のある人なんだ。ちょっと話してくる」
と、近くのカフェに行ってしまったのだった。
その行動に明らかな違和感を覚えたジュニアンは、その人物に連絡をし、兄が自分に伏せていた事実を知ることになったのだ。
★
「周りの大人は助けようとしてたんだぞ!なぜそうまでして逃げ出したんだ!?
あんたがボロボロになってまで、守って育ててもらって…俺が嬉しいと思うのか!?」
「…」
「自分を生かすために兄貴がそんなふうに生きてたなんて、そんな十字架背負えるわけないだろ!!!」
そこまで叫んで、ジュニアンははっとした。
それを聞いた兄が、表情を凍らせ、立ち尽くしてしまったからだ。
空気が重い。そして、冷たい。
いつもの兄なら、どんなきつい一言を繰り出しても、笑って受け流したり、ギャグを言ってコントか漫才に持ち込もうとしていたのに。
今回はそれをしない⋯できないくらい、言ってはいけないことを言ってしまった、それがわかった。
でも、かける言葉が見つからない。
彼はどうしようもなく苛立っていた。
「クソッ!!!本当にあんたはどうしようもないバカ兄貴だよ!!!」
ジュニアンはそう吐き捨てると、乱暴にドアを開けて部屋を出ていった。
これ以上話そうとしても一方的に怒りをぶつけるだけだ。
少し落ち着こう。
それからなら、この事実を受け止めたあとで、なにをするべきか考えられるかもしれない。
そう、思っていた。
★
兄は、最近「未来からきた可愛いウィリーバイクと友だちになった」と言ってはしゃいでいた。
名前はウィリえもん。タンデムについてるタンデムボックスから、未来のふしぎな道具を出すことができる。
性格は真面目で優しい雰囲気をもっていて、それこそあの有名な猫型ロボットのように話そうとしているが、本来の口調と違うためか、よく処理落ちして変な語尾になっている。でも、兄とは相性が良さそうで、なんだか微笑ましかった。なんというか、兄は意図的に「こうツッコんでくれるよな?」って計算してボケてくるタイプなら、このポンコツは大真面目に変なことを言ってボケてきて、俺は、お前らといるとツッコミが忙しくて過労死しそうだと文句を言っていた。
ウィリえもんは、この時代へ来たときに着地に失敗し、ゴミ捨て場にダイブしてしまったというドジっぷりだったが、彼女の悲鳴を聞いた兄は、なにを思ったのかどこの馬の骨ともわからないデカいウィリーバイクをゴミまみれになりながら助け出したそうだ。お人好しにも程があるだろう。
綺麗にしてもらってきたウィリえもんは自分から、兄貴に声をかけてきたらしい。「あなたのそばにいさせてくれませんか?」と。犬や猫どころかしゃべるバイクに懐かれるなんてとんでもない才能だ。
でも兄貴は謙虚にも「俺はついてないからもっといい運転手がいるよ」と断ったらしい。なんでだ。タダでバイクが手に入るんだぞ。…まあ、それはそれで、怖いか。
しかし、普通は「そうですか、わかりました」と引くところだが、このバイクは肝?が据わっていた。「わたしはあなたといれば勝手に幸せになります」と、完全に理屈を無視した自発的な幸福を宣言して、「どんなにあなたがついていなくても、解決する道具はいっぱいあります。一緒に幸せになりましょう」と言ったのだった。
そして、兄に蚊の鳴くような声で「お願いします」と言わせるにいたったらしい。
どうせなら恋人をつくってほしいところだが、この際しゃべるバイクでもいい。兄を支えてやってくれと俺は思っていたから「よかったな」と言っておいた。
しかし、そのかわいいバイクが所持する未来の便利な道具を一度も使うことなく、兄はこの世から旅立ってしまったのだった。
★
俺が俺達兄弟の出生を突き止め、兄を問い詰め怒鳴り散らしたあの夜。
ウィリえもんは、未来へ道具の調達に出かけていて留守だった。
時間遡行のしくみとして、通常他の時間へ行って経過した分だけ戻ってきた時も時間がズレるようになっている。もし、それよりも前⋯例えば出発した時間直後などに戻ってきたい場合は、バカみたいに高い特急料金が発生するらしい。
ウィリえもんは当然普通便で戻ってきた。
彼女の滞在時間は3時間程度だった。無料で戻れるのなら、ただの買い物程度の用事で特急料金を払って帰ってくるようなバカはいないだろう。そんな料金を払うくらいなら、ちょっと待ってもらって何か別のことに使ったほうがいいに決まっている。
しかし、そうやって目を離した隙に、“ことが起きて”しまった。
未来から運転手にプレゼントするジャケットやグローブなどをにこにこと運んで戻ってきた彼女は、
変わり果てた運転手の姿を目撃することになってしまったのだった。
蘇生アイテムの『1up』。
これは死んでしまった者をどんな状態でも生き返す効果がある。しかし、本人が生きたいと思っていない場合、このアイテムは力を発揮できない。
兄は、蘇生しなかった。
それは、本人からもう『生きたい』という思いが消失していたことを意味する。
★
「どうにかできないのか!? 無理やり魂を引き戻す道具とか!!未来にならあるんじゃないのか!?」
ウィリえもんは目を伏せると
「⋯残念ながら、魂を引き戻すことは未来でもできません。肉体だけを、生命維持装置につないで⋯腐らないように、とどめることはできます。けれどそれは、もうお兄さんの姿をした別の何かです。莫大な医療資源もかかります。⋯わたしは、⋯おすすめしません」
そう言った。
かけつけた医者も、判断を俺に委ねた。
「⋯そうですか」
俺が答えるまでに、どれだけ時間が流れただろう。
「⋯死ぬ寸前まで、きっと、⋯しんどくて、苦しかった兄貴です⋯楽にしてやってください」
俺は、そう言って、泣きくずれるしかできなかった。
★
「ジュニアンくん、わたし、過去にいこうと思うんです」
ウィリえもんが声をかけた。
兄の葬儀を終えて疲れ果てていた俺は力なく振り返る。
「過去へ行くって…そんなこともできるのか?」
ウィリえもんは頷くと、
「わたしは、ポピ太くんといられた時間があまりにも少なすぎて。今、悲しいよりも、『どうして?』という気持ちが強いんです。だから、過去へ行って、彼のことを知りたいんです」
俺ははっとする。そうか。過去に行けば、…
「俺も連れて行ってくれ!!」
そう言ってウィリえもんに縋り付いた。
「兄貴を止められるかもしれない。いや、兄貴に怒鳴り散らす前の俺に一言言ってやれるかもしれない!」
「残念ながら、それはできないんです」
ウィリえもんは静かにそう言うと
「なんだって?」
「家族や恋人を亡くしたばかりの人を連れて行くことが、時間遡行のルールで禁じられているためです」
「どういうことだ!!?」
「タイムトンネルが開発された当初、過去へ行った遺族が元の時代へ戻ってこなくなる事例が相次いだんです。戻らないということは、この時代におけるその人の『死』になってしまいますから。それで、大切な人を亡くしてしまった人は、充分な心のケアの期間が設けられるようになったんです」
「⋯そんな⋯」
「⋯だから、代わりにこれをあなたに託します」
ウィリえもんは
『いまさらレターセット〜!』
と、封筒と便箋と切手の入ったケースを取り出した。
「いまさら⋯レターセット⋯?」
「このレターセットは、もともとは遺族の心のケアのために開発されたもので、この時代でも実際に、故人へ手紙を書く、という治療法が行われています」
「でも、この道具がすごいのは⋯『本当に、故人に手紙が送れる』というところなんです」
それを聞いて、俺は驚愕した。
「⋯故人に⋯手紙が⋯届くってのか⋯?」
「ええ。でも、送れる仕組みは未来でも国家機密となっていて。だから使う側は『信じるか信じないかはあなた次第』という現状です」
「そりゃそうだろうな⋯」
俺はレターセットの入ったケースを眺めながら、
「まさか、返事が届くなんて言うんじゃないだろうな?」
半分冗談のつもりでそう言ったが、
「届きます。⋯故人が、返事を書きたいと思った場合は」
ウィリえもんはそう答えた。
「マジかよ⋯」
「はい。そして、魂がもうそこに存在しない場合『不在』、故人が受け取らなかった場合は『受け取り拒否』となって手紙は返ってきます」
「!!!」
俺は思わずケースを落としてしまった。
「なんでそんな物騒なもん渡すんだよ!!俺が手紙書いて、受け取り拒否でもされたら俺は死ぬしかないじゃないか!!」
「⋯お兄さんが何度も書こうとして、消してしまった言葉を覚えていますか?」
「!」
「あれは、死ぬ寸前まであなたの幸せを願っていた証明です。ただ彼は、自分を信じることができなかっただけ。だから、彼があなたの手紙を拒否するとはわたしには思えない。だから、あなたにこの道具をすすめました」
「もちろん、彼の魂がもう存在しない可能性も、あなたを恨んでいる可能性も、ゼロじゃない。
だから、無理してこの道具に賭ける必要はありません。もし最悪な結果になってしまったら⋯その時は、あなたの書いた内容と、この道具をすすめたわたしと、責任は半分こです。」
「⋯」
俺はレターセットをしばらく見つめ、
「わかった。使わせてもらう。書けそうなときは」
そう言って頷いた。
「はい。決して無理しないでください」
ウィリえもんは笑顔になった。
「この道具には、推奨ルールがあるんです。『なぜ死んだんだ』などの責める言葉や、『あのときこうしてあげられなくてごめん』といった、謝罪の言葉を避けること」
「なぜだ?責める言葉は、まだしも、謝ることの何がダメなんだ?」
「謝るということは、正しいとされがちですが、相手に『許し』を強制する行為にもなります。傷ついた人が、誰かを許すには、その人にとっての時間が必要になります。謝ることで、無理にその人から癒やせる時間を奪ってしまうんです」
「⋯そんな⋯」
「ジュニアンくん、あなたは今、自分の言葉のせいでお兄さんが亡くなったと思っていますよね」
「当たり前だろ!?俺が怒鳴り散らした次の日にあいつは死んだんだ!!俺が殺したようなもんじゃないか!!」
「そう思うのは無理もありません。けれど、わたしはこう考えています。悲劇とは、構造で起こるものである、と」
「構造⋯?」
「あなたの言った言葉を思い出してみて。あなたは、自分のためにお兄さんが人生を捨てて、ボロボロになって、そうまでして守っていたことが、耐えられなかったのでしょう。それは、あなたがお兄さんを愛していたからこそ感じる、耐え難い痛みです」
「⋯愛とか、そういうたいそうなもんじゃ」
「いいえ、愛です。大好きなお兄さんだからこそ、傷ついていたことや、力になれなかったのが、悔しかったの。もし、お兄さんのことなんとも思っていなければ、そんな感情わいてこず、ふーん、でおしまいです。あるいは、自分はそうならなくて安堵していただけの話です」
「⋯そう、なのかな」
目に涙が溢れてくる。
「そして、お兄さんは、わたしが未来に行っている間に命を絶ってしまいました。もしわたしが、ただの買い物だからと普通便で戻るのではなく特急料金で出発直後戻っていれば、彼を止められたかもしれません。これも一つの要素になります。だからあなただけのせいじゃない。
けれど、問題は、なぜ、お兄さんはあなたの言葉をきいて死を選んでしまったのか。なぜ、わたしが帰ってくる前にそうしてしまったのか。ここにあります。個人が問題じゃないんです。だからこそ、わたしは過去へ行きたいのです」
★
ウィリえもんはジュニアンと別れたあと、ある人物を探していた。
「ウィリちゃーん!」
「ジュニアンくんの奥さん!」
ウィリえもんは彼女に駆け寄った。
「ウィリちゃん、わたしもジュニアンくんの力になりたいの。でも、どうしてあげたらいいか、わからなくて」
ジュニアンの妻は不安そうにそう言った。
「あなたを探していました」ウィリえもんは微笑むと
「悲しみに向き合う人を支えるのは大変なんです。あなたが安心して過ごせるように、これを」
ウィリえもんは
『ウィリースクーターえもん〜です〜』
彼女より一回りもふた周りも小さいスクーター型のウィリーを取り出した。
「⋯ねえ、このお話ネーミングみんなひどいけど、ぼくのは特に雑じゃない?」
ウィリースクーターえもんは出てくるなりジト目で文句を言った。「では、スクえもんくん。あなたはジュニアンくんの奥さんの専属バイクです。お話をきいたり、お出かけに連れて行ったりしてあげてください」
ウィリえもんがそう言って、
奥さんが「わあ、かわいい!」とスクえもんを抱きしめた。
スクえもんは機嫌をなおすと、「オッケーまかせて!」と役目を承知した。
★
タイムライドステーション。
時間遡行を行うための発進拠点だ。
内部には、時空間へと接続する「タイムトンネル」へ続く専用レーンが敷設されている。
レーン上には時間遡行機能を備えた「タイムライドマシン」が配置され、
「タイムカタパルト」による射出によって、対象は時空間へと送り出される。
転送されるマシンや人物は必ずプロフィールが参照される。
『Mr.フロスティ社製 タイムライド機能搭載型グランドウィリーバイク MF-GW-B/IC 通称“ウィリえもん”。遡行目的…死去した運転手の真実の究明』
アナウンスの音声が流れた。
『当該マシンの事故歴は?』
『ありません。極めて優良車両です』
『OK。転送します』
カタパルトからウィリえもんが射出され、タイムトンネルへと姿を消した。