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【ドゥディ】波間の名も無い石にも(改訂版)


次の日の朝。

酔っている間の出来事なんて、綺麗さっぱり忘れてくれればいいのに、彼にはしっかり記憶があった。

唐突なファーストキスイベント。

主君の恋愛事情。

そして、意中の人の…恋心の吐露。

「…」

…一度に色々起きすぎなんだよ!!


ワドルドゥはそう思って起き上がると、朝の支度をして部屋を出た。

◆◆◆

「ごめんなさいごめんなさい!!」
部屋を出ると真っ先に会ったのは全力で謝るバンダナワドルディだった。

「いや、大丈夫だよ! 気にしないで? ね?」

「大丈夫なわけないよ! 気持ち悪かったでしょ!? ちゃんと口濯いだ?? ガムあるけど食べる??」

気持ち悪いわけないし、口は濯がなかったし。歯磨きは朝はしたけど寝る前はしなかった。

ワドルドゥは考えた。
よし。

「君がなんのこと言ってるのかわからないけど、全然問題ないよ。酔った時の記憶なんてほとんど覚えてないから」

!!!

「覚えてないの?」

「うん」

…そういうことにしよう。彼は決意する。

「本当に?」

「うん本当」
もちろん、彼がそういうときは大嘘だった。

「じゃあ、また夜に話そう? もう行かなきゃ」

ワドルドゥは走って階段を上る。

「…」
バンダナワドルディは何かを言いたそうにしていたが、それを飲み込んで彼の後を追った。



◆◆◆
こうして彼は、ファーストキスも、意中の人の好きな人の話もひとまずリセットして、自分の仕事に打ち込んだ。
しかし、あの時生まれた禍々しい気持ちは消えてはくれなかった。

「それで、大王さまったらさ…!」
バンダナワドルディの話を聞きながら、モヤモヤが渦を巻く。

「…」

…確かに、自分がこの城に来る前から一緒にいるのはあの人だ
あの人は、自分の知らない彼のことを、どれだけ知ってるんだろう

「…そう素直に言ってくれればいいのに。ほんとそう思うよ」
バンダナワドルディは笑った。

「…!」
そうではあっても、彼の笑顔を見ているとそんなものは吹き飛んでしまう。
思わず見つめてしまっていた。

「…なにかついてる?」

ワドルドゥははっとすると、

「ごめんね、ちょっとボーっとしちゃった!」
そう答え、

「もう寝ないとね」
ティーセットを下げると

「また明日ね、バンダナ君」
と扉を締めた。

◆◆◆

カップやポットを洗いながら彼は思う。

…さすがにまずかったかもしれない。

彼の話の内容はうわの空だったし、
あんなにじっと見つめてたら、変だ。

…どうしよう。あやしまれてたりしたら、…僕は、


「ねぇ」
背後からバンダナワドルディが声をかけた。

「わあ!!」
ワドルドゥは叫ぶ。

「大丈夫?」

「ぜ、全然、大丈夫…」

「本当に?」


ワドルドゥは言葉に詰まる。

いや、大丈夫ではないかもしれないな。少し…

「うん、本当」
なんとかそう答える。



「…ちゃんと休んでね。明日も待ってるね」
彼はそう言って部屋に戻っていった。

◆◆◆

体が重い。

ワドルドゥはひどく疲れを覚えた。

…嫌なやつだな、僕は

彼は友だちなんだから、嫉妬なんてする必要ないじゃないか

悩みが話せなくて、水くさい、だってさ

いい子だよね 本当に

こんな自分には釣り合わないくらい


…話せない悩みなんか持ってるからいけないんだよ

自分の姿をした黒い影が言う。

…そうだ。君を好きだなんて、はた迷惑な悩み事。
そんなものを持っていなければ、何でも話して、本当の友だちでいられただろう。

…こんな自分なんかではなくて、ちゃんと対等でいられる人だったなら。

◆◆◆
次の日の朝。


「そういえば、今日は休みにしてもらってたんだ」

ワドルドゥは手帳を見て思い出す。

彼の兄から連絡があり、会う約束をしていたのだ。

◆◆◆

とある街のカフェにて。

「久しぶりだな、   」

「兄さんも立派になられて」

久しぶりに会った兄は、後の原作ゲームでカービィWiiで登場する中ボスのキングスドゥに進化していた。

「父さんも母さんも、ああ言ったけど…お前のこと、気にしてるみたいだぞ。時には顔見せてやれよ」

「それは大丈夫です」

「何が大丈夫なんだよ」
キングスドゥは苦笑いをする。

「お前、ずっとそういう感じだったよな。懐かしいよ」
兄はそう言うと、

「今度、俺 結婚するから。式には来るよな?」
とたずねた。

「…」

「だめか? 」

「…もう僕は家族ではないので、親族には入れないでください。両親にはそう伝えてあります」

「そんなこと言うなって」

ワドルドゥは頭を下げると、

「おめでとうございます。どうかお幸せに」

そう言って、店をあとにした。

◆◆◆

両親からは何も不自由なく育てられてた一方で、優等生の兄と、その劣化版として扱われていた彼だった。
兄はできるのに自分にはできない。そんなことが多く、その逆はない。だから自分は両親にとって、育てる必要のない存在だった。
それでも最後まで育ててくれたことには充分に感謝しているが、「劣化版」と見ての態度や言葉の数々は彼の自己肯定感を低くしてしまった。

今の自分も大量の本を呼んで得た知識で保っているが、時に昔に戻っていくようなこともあった。

人間はそう変わらないものだ。
自分の人生は両親とは世界の裏側にいるぐらい離れた場所で生きていこうと決めていた。

…兄、か。


尊敬はしていたが、ほとんど話すこともなかった兄。

そんな兄との再会を終えて、ふとポピーのことを懐かしむ。
彼はキングスドゥのようにエリートでも立派でもはないし、ふざけてはいるが、面倒見が良く、ワドルドゥも気づけば色々頼ったりしたことを思い出す。

ボケとツッコミのような…テンポのいいやりとりができるのは、自分も心を許していたからだろう。

もし兄が彼みたいな感じだったら…
それはきっと、今と全く違う自分だったに違いない。

◆◆◆

その帰り道。
海岸を歩けば、美しい夕陽に空と海が染まっている。


『他の誰よりも君のことが大切だ』

とか

『君が笑ってくれるなら、どんなことでもできる』

とか

『僕の一生を君に捧げます』
とか。


波の音に合わせて次から次に浮かぶ言葉は、
もし伝えたら、きっと君を困らせるものばかりで。

けれどそのどれもが、
いつだって彼の生きていく原動力だった。


僕は…

ここにいていいのだろうか


全部


全部、この波がもっていってくれないかな



ワドルドゥはそう思っていた。



「あれ?」

聞き覚えのある声をかけられて振り向いた先にいたのは、カービィだった。


「こんにちは。君、デデデのお城で働いてるワドルドゥだよね?」
カービィはたずね、ワドルドゥは頷く。

「でも、よくわかったね?」

確かにお城にはよく遊びにきているのを見かけたけれど、直接話したことは、ほとんどなかったはずだ。

「なんかね、今まで会ったワドルドゥとは雰囲気が違うな、って、覚えてたの」

「そうなんだ」

「今日は、お休み?」

「うん。ちょっと散歩をね」

「散歩…?」

カービィは少し言葉に迷ったようだったが、

「そういうふうには見えなかったけど…」
と顔を覗き込んだ。

「え?」


「ううん、違うならよかった」


「カービィは、どうしてここへ?」

「遊びに! グーイとね」

カービィがグーイを呼ぶと、向こうできれいな貝殻をあつめていたグーイがやってきた。

「こんなに見つけました」

長い舌で、器用にたくさんの貝殻を抱えている。
得意そうだ。

「わあ、すごいね! たからものがいっぱいだ…!」
カービィが楽しそうに笑う。

そして、これはこうだとか、これはあれだとか言いながら、分類しはじめた。
そうしながら、カービィが話しかけてる。

「ワドルディから聞いてるよ。君はいつも、彼が困ったときにそばにいてくれるんだって」

「えっ?」

カービィがワドルディと言う時は、バンダナワドルディのことを指す。
ワドルドゥもそのことは知っていた。
それは彼自身が、カービィはずっと自分のことをワドルディと呼んでくれているのだということを嬉しそうに話していたからだ。
それはもちろん、身につけているもので呼ばれるよりも、本当の名前を呼ばれた方が嬉しいはずだ。
とはいえ、ワドルドゥたちがそうすると、誰が誰だが分からなくなってしまう。…だから、これは城の者ではない、カービィだけができることなのだ。

「困ったとき…だけ、じゃないか。とにかくすごく優しくて、一緒にいると、ほわほわする人なんだって言ってた」

「優しくて、ほわほわ…?」

僕が?

「そう。優しくて、ほわほわ!」

カービィは可愛らしく笑う。

…そんなことを言ってくれてたのか。
ワドルドゥは少し、くすぐったいような気持ちになる。

「彼のこと、大好きなんだね?」 
とカービィは言った。

「…うん」
ワドルドゥは頷く。


「だけどね、カービィ。好きは好きでも、ちょっと…好き『すぎる』というか…僕は、どこかおかしいんだ」

「えっ…? どうして?」

「空っぽだからだよ。いつもバンダナ君が、バンダナ君が…って思ってて、それを取り除いたら、自分のことが、よくわからないんだ。
僕自身はどうしたいのか、何のために生きてるのか、とか…」

そう、空っぽだ。
選んだ先に彼がいない…そんな未来なんてとても想像できないし、見つけられそうもない。

ワドルドゥがそう言うと、

「何言ってるの!」
バシッ。
カービィが彼の背中を叩いた。

…ちょっと痛い。

「全然、空っぽじゃないよ! だって…好きって気持ちでいっぱいなんでしょ?ワドルディのこと」

「え?」

ワドルドゥは驚く。
そういう見方も、ある…のかな。と。

「いいなあ。そんな風に思ってもらえたら嬉しいと思うよ〜」


「いや、違うんだ、カービィ。」

「何が違うの?」

「バンダナ君は、頭が良くて、何でもできて、それに優しくて強い人なんだ。
僕は、何をやっても普通より、ちょっとできるかなってくらいで。何より、何をやるにもゆっくりしてるから…彼にはとてもついていけてないんだ…」

「それが…なんなの?」

「いくら好きでも、彼の足を引っ張るだけなら、

そばにいる資格なんて、ないんだよ…」

「そばにいるしかく?」



「それ、ほしいの?」

「…まあ、もらえるんならね」
彼は苦笑いをする。



「じゃあ、ぼくがあげる!」

「え?」


そう言ってカービィが渡したのは、

「!」

[pixivimage:111008851-12]


「『しかく』い、石…?」


「そう。さっきグーイと一緒に見つけたの」

「角がとれた、まあるいしかくです」
グーイが説明をする。​

「これが、ワドルディの、そばにいてあげる『しかく』だよ。どう?」

「ダジャレかい?」
思わず吹き出してしまうと、

カービィはふふふと笑う。

「でも、ほんとはこんなのいらないと思う。
だって、好きなんでしょ? そう思ってくれる人が一緒にいてくれたら、心強いはずだもの。

だけど…もし、また迷ったら、この石を思い出してよ?」

「…!」

「今まで通り、嬉しいことは一緒に喜んであげて、悲しい時には話をきいてあげて。とにかく、いっぱい、いーーーーっぱい、そばにいてあげて…!」


ねっ?

と、その手に力を込めた。


「…ありがとう、カービィ」

ワドルドゥはその石を、受け取った。

◆◆◆

「かどのとれた、まあるい、しかく…か」
ワドルドゥはそれを見つめながら帰り道を歩く。

…そんなふうに思ってくれたら嬉しいと思うよ

…いっぱいそばにいてあげて!


「…」

…そりゃ、カービィみたいな子がそう思ってくれたら、誰だって嬉しいはずだ。
自分ではなくて。

でもその石を見ていると、あの子のくれた言葉が再生されてくる。

波の間を漂っていた名前のない石に、誰かが役目をくれたように。

僕自身にも、役目を与えよう。

彼はそう思った。


◆◆◆
よし。

…好きな人の話でもなんでも来い。
僕は「親友」なんだから。

彼はそう気合を入れて、バンダナワドルディの部屋をノックした。


「バンダナ君、こんばんは」

「ドゥ…」
出てきたバンダナワドルディの表情は暗かった。

「!? …大丈夫?」
ワドルドゥは心配してたずねる。

「…うん、ボクは大丈夫…」

「…?」

「聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「? うん、もちろん」

パタン

ドアをしめる。

「…お休みは、ゆっくりできた?」

「うん。たまにお城の外に出るのもいいものだよ」

「そう。よかった…」

◆◆◆

「なんだか、君が最近悩んでた気がしてたんだ」

「!」
ワドルドゥは驚いて。

「わかる…? そんなの…」

「もちろん。これだけ一緒にいるんだもの。当然だよ…!」

ワドルドゥに冷や汗が浮かぶ。

…ききたいことって僕のことか

…そ、それは、ちょっと分が悪いかもしれない。
特に今日は。

なんでも来いとは思ったけれど、自分の話となれば、話が別。ここは早めに切り上げよう。
彼はそう思った。

お茶のポットを置く。

「いつも、ボクの話ばかりして、ごめんね。いつも、つい、何でも話しちゃって…なのに、君の話はいつも後回しで…」

「そんなこと全然気にしてないよ。好きで聞いてるだけだし」
ワドルドゥはそう答える。

「…そう、ありがとう」
バンダナワドルディは下を向くと、

「…今日は、ちゃんと話してくれるまで返さないからね」

ぽそりとそう言った。

「は?」
ワドルドゥは硬直した。

[newpage]
◆◆◆

とりあえずいつものようにお茶を淹れて、渡すと、バンダナワドルディはググッと一杯飲み干してしまう。少し冷めてしまっていたからやけどはしなかったようで。

「ほら、ここに座って」
ポンポンと隣をすすめられる。

「わ、わかったよ…」
おとなしく、そこに座る。

「いつもそうなんだ。何かある時には、大王さまとか、ポピーとかに話したり…一人でどこかにでかけちゃったり。今日もお休みだって知らなかったし…。
で、ボクには何事もなかったように、こうやって優しくしてくれてさ」

「それは…」


「ボクがこんなだから、困った時に頼ってくれないんだよね…?」

「まさか!」
ワドルドゥは否定すると、

「君はいつもがんばってるからね。一生懸命。
そんな君に、迷惑かけたくないんだよ。」

「なんで? こっちだって力になりたいって思ってるんだよ?」

「…それは、すごく、嬉しいよ、バンダナ君」

「だったら、どうして…?」

ワドルドゥは悩んだ末、


「ごめんね。 …どんなに…信頼してても、話せない…いや、話さないほうがいいことだってあるんだよ」

なんとかそう伝える。

…お願い、今はそっとしといて…!

そう、心で祈って。

ところが。

「…!」
 
暫くの沈黙のあと、

 
「そっか」
バンダナワドルディが呟く。

「?」

「…ボク、もっとしっかりしなきゃね。
君が、話しても大丈夫だって、思えるくらいに。

そうなってから、言うべきだよね…」

そして瞳に涙を浮かべてしまった。

「ごめんね…」

「…!」
ワドルドゥはショックだった。

そっとしておいてほしいなんて、お節介な彼には一番苦手なことだったのだ。

しかし、他に選択肢があったのだろうか。

嘘をついてもバレてしまう。
黙ってても見破られてしまう。
そんな聡い彼に、どうやって。

ともかく、自分のせいで
そんな顔をしてほしくない。

そう思ったワドルドゥは、心に決める。

◆◆◆

「バンダナ君、そんな必要はないよ」


「え?」


「話せない悩みなんか持ってる僕が悪いんだ。
なのに、君が謝ったり、しっかりしなきゃなんて、おかしな話だよ」

「…?」

「今から、ずっと言えなかったこと、話すよ
それが気持ち悪いとか、怖いって思ったら…ちゃんと身を守ってくれる?」

「え?」


「それって、ボクに関すること…なの?」

ワドルドゥは頷く。

バンダナワドルディはきょとんとしていたが、

「わかった、聞くよ」
と頷いた。


…ああ、終わりが始まる。

そんな声がきこえてきた。

(ここまで)

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